わたしは自分を愛することを許可する。

自分軸を生きようとするようになってから、自分に嘘をついたり偽ったりすることがものすごく苦しい。

「他人は自分自身の鏡」だと知ってるから、他人に気を使って自分を偽ることが出来なくなってきてるんだ。

私は彼への執着をなくさなきゃいけない、彼の理想にならなきゃいけない、彼の嫌がることはいってはいけない、ヤキモチをやいてはいけない。と自分にどんどん制限をかけて、それを乗り越えなきゃいけないって思ってた。

それが自分を成長させるために必要だと思って、ここ2ヶ月意識して頑張ってきた。

でも、違ったんだよね。

乗り越えなきゃいけないんじゃなかった。自分を成長させるために自分が我慢ではなくそう思えるような崇高な人間にならないと彼に認められいって、そう思ってきた。

私が彼を手放すために必要だと思ってたことは、余計に彼に執着してしまって自信を無くしてしまう原因になってた。

私がこれまでやっていたことって結局「彼を失わないために」やっていたことだった。
そうしなければ彼を失ってしまうという「恐れ」からの思考で動いてたんだとやっと気づいた。

私が手放す必要があったのは「彼を失うという恐れ」だったんだよね。
彼を失いたくないから彼に嫌われないように言葉を選んだり、彼が嫌がるから言葉を求めたり答えを求めるのもやめた。彼が言うように関係性の枠が無くても平気なフリをした。妬きもちをやいてしまう自分を抑えた。聞きたくない話もニコニコして笑った。

彼に対しては常に自分軸なフリした他人軸の自分になってた。去年となにも私は変わってなかった。

私は自分のままでは彼を失ってしまうと思ってたんだね。自分のなかにある、彼との関係性を阻害することになる要素を自分で否定してたことに気づいた。

自分で自分を拒絶してた。私は誰よりも失えない自分自身を「彼を失いたくないから」消そうともがいてたんだよね。

彼にこのことを伝えたら、去ることもなく「お互い頑張ろう」って言葉が返ってきました。

わたしから見て彼がどんな人間でも大切なことに変わりなくて全部受け入れられる。こんな私でも変わりなく居てくれるってことは、彼にとっても私はどんな風でも私なんだと思えた。

嫉妬深くて負けず嫌いで思い込みが激しい私でも私は自分を愛していい。

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