自分自身の安全基地になろう。

Twitterのフォロワさんで、育児についてものすごく考えたり悩んだりしながら子供や自分自身のことへの思考を書いてる方がいて、いつもそこには息子ちゃんや家族に対する愛が感じられて見ていると幸せな気持ちになります。

同時に、私はそんなふうに家族や息子たちに対して本人にとって本当に何がいいのかとかは全く考えなくて、ただ自分から都合がいいようにしか関わって来れなかったなと感じます。

そのフォロワさんは、息子ちゃんの安全基地になろうと努力してるんだなと感じるんです。そこには自分の都合ではなくて、息子ちゃんのことを一人の人間として接しようとする姿があって、こういう成長を見守るっていうところに本当の愛があるなと感じる。

自分のやり方は合ってるのかどうか確かめながら、子育てをしながら自分も成長しようとする姿にいつもほのぼのしながら小さく感動してる自分がいる。

母親はその人にとっての安全基地なんだなって改めて思った。

母親がどんな基地だったかで、その人が自分や他人をどう扱うかが変わるんじゃないのか?ってふと思ったんです。

自分が失敗してきた時に「あなたが悪い」と言われて育った人は、何かを失敗した時に自分の基地に帰った時には「あなたが悪い」と自分を責める。

自分が失敗してきた時に「失敗して悔しかったね」と共感をしてもらって、じゃあどうするかを一緒に考えてもらって育った人は、なにかを失敗したときに自分の基地に帰ると、自分自身に「失敗したの悔しかったね、じゃあ次はどうしてみようか」と考えられる。

私はどうだったかというと

失敗して悲しんでるのを見た親が、代わりに対処してくれるという過保護をしてもらって育ち増した(笑)

だから、私は失敗したときには「泣き喚いたら誰かがなんとかしてくれる」という基地ができあがり、大人になってみたら誰も何にもしてくれないので「解ってもらえない」と怒り狂うようになりました(笑)

みんなそこを改善するのに、一番安全な基地を自分の中に作るのにはどうしたら良いのかというと自分自身が自分に対して「安全基地」になってあげること。

失敗したときには責めるんじゃなくて、寄り添ってあげる。なにかをやろうとする時には信頼をして見守る。それはもしかしたら失敗したり痛い思いをするかもしれないけど、やりたい事に挑戦して、傷を作るのも経験なんだと。

誰かを責める気持ちになっているときには「解ってもらえなくてつらいね、悲しいね」って癒してあげてみてください。

これを自分にできるようになったら、大切な人たちに対しても安全基地として存在できるようになるんじゃないかな?って思いました。

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