今いろんなことが少しずついい方に着実に進んできてはいるんだけど、何かに後ろから引っ張られているような感覚がずっとある。
何かに堰き止められている感覚があって、思いっきり飛び込めない感じ。
私の中にはまだ言い訳をして逃げてる自分がいるな…とここ数日ではっきりしてきた。
私は自分の人生を自分の力で生きるという覚悟ができてなかったんだと思う。それを覚悟できないでいる理由は「彼」でした。
私が私の人生を自立して自分の力で進めていくっていうことは、彼と一体化して感じている意識や気持ちを分離させることになる気がして、それがものすごく孤独で寂しい気持ちになるような恐れを感じていてしがみついていました。
去年までの私は彼以外の人間に対してもそうでした。
他人と「同じである」安心感から「自分自身を生きる」と覚悟して、周りの人たちに境界を作ってきました。彼とのその部分の分離は、私が自己統合に向かうための最終試験なんじゃないかな。
私は本当はもう、彼という存在がいないとしても生きられることに気付いてるんです。
でも、彼を必要としない自分は寂しい。1人は寂しい。彼も寂しいかもしれない。彼が寂しくないのは愛されていないと感じる私が孤独で寂しい。だから彼を必要だと想わないといけない。と思って彼に対する執着を手放せないでいるんだと思う。
彼との心の分離と同時に、今現実的な生活の方でも私に自立に向かわせる強制的な力がきています。
私は自分で自分の人生を生きる。切り開いていく。
タロットのソードのA。覚悟して決断する時が来たんだと感じます。
明日6/6は射手座の満月。しかも月食。
射手座は蠍座という深い愛情の水(情)のなかから飛び出していく火のエレメント。
水の中では火は点かないし、射手座のもつ自由に天に向かって突き抜けていこうとする力が使えない。火のエレメントである牡羊、獅子、射手座の前にはいつも居心地のいい水(情)があってそこに「依存」しているのでそこからの脱出、自立がテーマになっていたりします。
安心安全な居場所にいることはとても居心地がいい。その代わりの代償として、自立心を奪い「自分にはできる」という自信を奪うのも水の性質なんです。
今私を含めて苦しい気持ちにいる人には、水の中から自分を解き放とうと葛藤が訪れてるんだと思います。自分の持つ、母への執着から解き放たれて自分自身を生きるために。