他人から与えられる感情は自分から生み出されているということ

人から感謝をされるときとか、必要以上の褒めの言葉をいただいたとき。私自身が思ってもいない褒め言葉や感謝をされたときに、ふと

「この人は私に何を求めてるんだろう?」という言い知れない不安感を感じるなと、今日気づいた。

人からの感謝や褒めの言葉を素直に受け取れないのは、自分自身がこれまで他人にしてきていた社交的な癖が原因になってるんだと思う。

過去のことにはなるのですが、私はなんとなく気になる相手、尊敬する人や畏怖感を感じる人に対して「自分を気に入ってもらいたい」という気持ちがある時に、自分が本当に感じている以上のこと。いわゆる、お世辞を使ってアプローチをする人間でした。

私は自分自身に他人から愛されたり好かれる自信が無いので、そうやって相手が喜ぶであろう言葉を使って、上部の言葉を並べて相手の気を引こうとするので、いつも本当に憧れを持っている相手のことをそんなに知りもしないのに「人はこういう言葉を喜ぶものだ」という自分の価値観で相手を喜ばせるためのプレゼント的な感じで言葉を贈っているつもりだったんだと思う。

そこには本当にそれを思っているかどうか。自分の感情を無視して、相手に気に入ってもらうための道具として言葉を使ってたんだと思う。

私は多分、自分がそうやって自分の心に嘘をついて生きてきたから、その自分メガネで人からの言葉も本心では無い言葉としてとってしまってるんだと思う。自分でかけた呪いだと思った。

 

いつも自分が憧れを持ったり、近づきたい!と心から思った相手には壁を感じて結局近付かないようになってた。不思議と私がその人に憧れてることを知ってる周りの人たちはすごく自然にその対象の人に馴染んでいく。私だけ壁があるままなので自信をなくしてたな。

気に入られたい相手の前では自分が出せなかった。それは自分に自信がなくて、本当に感じてる事や考えていることを言ったら嫌われてしまうと思っていつも偽りの自分でいた。

誰かに好かれるために自分に嘘をついて行動すると、苦しくなるのは結局自分なんだなって、原因と結果の法則を実感した(笑)

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