他人を見て学ぶ

他人の言動に対して何か引っ掛かりとか、ザワつき、イライラ。思わず心が反応した時は実は自分で気づいていない自分自身に気づくことのできるチャンス。

他人が何かをした時に反射的に相手に対して浮かぶ否定とか批判、指摘。無意識のうちに相手を的にして自分自身に向けてる言葉だったりします。もちろん自分では「自分はそうじゃない!」と思ってたりします。だってそれは、自分が他人からやられたらムカついたり怒りが沸くことなので、自分はそんなことしないと自分では思い込んでるんです。

これまた難しいのが、それについては他人から指摘されたとしても自分では気づきようが無いから難しい部分だったりするんですよね。じゃあどうしたらいいかというと、自分で気づくしか無いんです。

他人をまず観察してみると面白いと思います。その人がどんなことに対してコンプレックスを持っているのかはよく出てくるワードと相手の反応で解ります。

LINEなんかだと「私は別に気にして無いけど(笑)」という言葉が文の初めとか文末についているときはめっちゃ気にしてます。でもそれを気にしてるのをバレたら嫌だからわざわざ書いてます笑

人ってイラっとするとこんな口調とか反応になるんだなってのをなんとなく解ってきたら、自分がそれをやってる瞬間について思い出したりしてみるといいかもです。もしくは相手に勢いで何か言いたくなったり言ってしまった時に、自分が何に反応したのかを意識してみるといいと思います。

「自分もやってるじゃん」とか「自分はこれがコンプレックスになってるんだ」とか気づいてそれを認めると、気づいてもらえた感情が癒されて浄化されます。

人は見えないものや解らないことが不安や恐れの原因で、人に対して怒りやモヤモヤが起きるのは自分で理解できないことへの恐れや不安が原因になることもあるんだと思います。もう一つは、自分が自分に対して禁止したり抑制したり否定していることを他人がやっているのをみると「こっちは我慢してるのにお前だけズルい!」みたいなやつです。

あ、あと「そういうの無理、絶対やりたくない」みたいに否定して来るのもそうだよね。自分も無意識下で本当はそれをしたい欲求があるけど勇気ができなくてできないことを人がやっていたりすると否定したりします。元々全く興味ないなら、わざわざ否定しないからね。

わざわざ否定をする。わざわざ指摘する。わざわざ何かをしないと宣言する。そこに何かしら引っ掛かりがあるからこそなんじゃないのかな。

「自分をありのまま受け入れる」という言葉を耳にするけど、ありのままを受け入れるためには自分に間違いがあるということも認めて受け入れる必要があるんだよね。

明日は自己愛性人格障害について思うことを書こうかなと思うのだけど、自己愛の人は徹底的に自分の間違いを認めないんです。悪いことは、認めたように見せてたとしても他人のせいにします。そして明らかに自分が悪いことでも絶対認めないです。認めたら死罪くらいの勢いでいるので記憶の改ざんをしてしまうので、戦っても相手を認めさせることは出来ないんです。

自分の非を認められない、自分の考えが間違っていたことを受け入れられないということはそこで精神的な成長が止まるわけで…

恋愛でも他の人とでも正常な協力関係を作っていくためには、それぞれが精神的な自立をしていることが大切です。恋愛でもどちらか1人でも精神的な自立ができていないと上手くいかないと思います。他人を見て学ぶことで一時的に見たくない自分と対峙しないといけない瞬間はあるけど、どんどん身軽になって生きやすくなると思う。

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